〜溶接ヒュームを例に解説します。第3管理区分と評価された場合の個人ばく露測定においても考え方は同じです。〜
金属アーク溶接を屋内等で継続的に行う作業場では、個人ばく露測定結果から求めた要求防護係数を上回る指定防護係数を有する呼吸要保護具を選択する必要があります。
ただ、金属アーク溶接等作業主任者限定講習講義の準備をしていて、ここは理解が難しいのではないかと思いました。
そこで今回は、「防護係数って何?」という方に向けてわかりやすく呼吸用保護具の選定方法を解説します。
途中、コラムの中で個人ばく露測定と作業環境測定の関係についても概説しています。
はじめに
屋内等で継続的に金属アーク溶接を行う場合で、新たな作業方法を採用する時、作業方法を変更する時、個人ばく露測定結果を受けて作業環境の改善措置を講じた後の効果判定の時に個人ばく露測定が義務付けられています(特化則38条の21第2項・第4項)。
これは、個人ばく露測定の結果から適切な呼吸用保護具を選択するためです。
ただ、防護係数の計算式が出てきたり、要求防護係数と指定防護係数の違いは何なのかという疑問が出てきたりなど、『?』が多数あるかと思われます。
ここでは、溶接ヒューム(金属アーク溶接)を例に上記のお悩みにお答えします。
もちろん第3管理区分から改善困難な場合に呼吸用保護具を選定する際にも参考になると思います。
防護係数とは
まずは防護係数について知っておく必要があります。
数式が出てきますが、数学的に導出される公式の類ではありません。
約束として「こうしましょう」という程度のものですので、意味を深く考えたり暗記したりする必要は全くありません。
防護係数(PF)は、
で定義されます。
ひとまず受け入れてください。
ここで大切なのは、上記で定義される防護係数は大きい場合と小さい場合、どちらが好ましいのかを理解しておくことだけです。
式を眺めるだけではイメージするのが難しいですので、分子が同じ数字で具体的に考えてみましょう。
例)どんな数でも良いのですが、例えば分子を同じ1とした場合、次の2つの数字は大小関係がどうで、どちらが好ましいでしょうか。
① 1/100 (=0.01)
② 1/10000 (=0.0001)
※溶接ヒュームでは実際には数十〜数千前後の数値になることが多いと思いますが、解説のため上記数値を例にあげています。
1)まずは①と②の大小関係はどうでしょう。分数の大小の話です。
① 0.01と② 0.0001ですから、①の方が大きい数字ですね。
2)では、上記2つの数字、どちらが人間にとって好ましい防護係数かを考えてみましょう。
分数(小数)の大小の話題から離れ、防護係数の分母の数にのみ注目します。
分母の数字はマスクの内側の有害物の濃度でしたね。当然10000より小さい100の方が人間にはより害がない、つまり好ましい数字ということになります。
ですので②よりも①の方が好ましい数字となります。
さあ、以上からわかることは、②に比べて数字の大きい①の方が人間にとっては好ましい数字ということです。
つまり、防護係数は数字が大きいほど好ましい(=防護効果が高い)ということです。
要求防護係数とその求め方
では、防護係数の式から要求防護係数を求める、という話に入ります。
屋内等で継続的に金属アーク溶接を行う場合、個人ばく露測定によって溶接ヒューム中のマンガン濃度を測定することが義務付けられています。
溶接ヒュームは有害物質なのですが、「溶接ヒューム」という名前の単一の化学物質が存在するわけではありません。
ゆえに溶接ヒュームに含まれる成分の中でもマンガンの測定を行いましょう、となったわけですね。
さて、個人ばく露測定によってマンガン濃度が測定された場合、防護係数はどうなるでしょう。
防護係数の分子は測定されたマンガン濃度ですね。実際には複数測定されていると思われますので、正確には測定で得られたマンガン濃度の最大値です。
では分母はどうでしょう。
防護係数の定義上、分母は呼吸用保護具の内側のマンガン濃度となるわけでしたね。
ただ、実際にマスクの内側に存在する化学物質濃度を測定することは困難です。
そこで、分母は化学物質(ここではマンガン)のばく露限界値(溶接ヒュームでは基準値と表現されます)にしましょう、と約束したわけです。
そして個人ばく露測定で計測されたマンガン濃度を分子に、マンガンの基準値(=0.05mg/m3)を分母にした、この防護係数を要求防護係数(PFr)と呼びます。
式にすると以下です。
となります。
要求防護係数はその作業で必要な呼吸用保護具に最低限必要な性能を表す防護係数ということができます。
コラム:個人ばく露測定と作業環境測定の関係
個人ばく露測定は作業時間を通して作業者の口・鼻の近傍にサンプラーを取り付け、作業者(「人」)が実際に吸入している空気中の有害物質を計測するものです。
よく「呼吸域」という表現を目にすることがあるかと思いますが、作業環境測定士以外の方は「口や鼻の周辺」といった理解で良いかと思います。
一方、AB測定に代表される作業環境測定は日本に固有のもので、あくまで「場」における有害物質の管理状況を評価するものです。
作業環境測定は場の評価を目的としています。
ですから本質的に両者は異なるものです。
法令上も作業環境測定とは別の測定として屋内等で継続的に金属アーク溶接を行う場合に個人ばく露測定の実施が義務付けられています(正確には現在、金属アーク溶接に関するマンガン濃度測定義務は特化則と厚労省告示で規制されており、作業環境測定法においてはそもそも定義されていない測定です)。
ただ、令和8年10月以降は法令上、作業環境測定の定義が変更され、個人ばく露測定も作業環境測定として分類されます。
※厳密には、労働者の有害因子へのばく露の程度を把握するために行われる測定を個人ばく露測定と定義されます。結果、この目的で実施されるAB測定やCD測定も個人ばく露測定に該当することになります。ですので、例えば、第3管理区分から改善困難な場合の測定などでは特定の条件下で(本来は場の測定である)AB測定が個人ばく露測定に該当するケースが出てくるなど非常に複雑です。本稿は測定そのものの解説を意図していませんので詳細は割愛します。必要な場合は作業環境測定機関に問い合わせください。
これとともに測定の精度担保のため、一定の要件を満たす作業環境測定士しか個人ばく露測定を実施することができなくなります。
ですので、令和8年10月以降は「屋内等で継続的に金属アーク溶接を行う場合、一定の要件を満たした作業環境測定士による作業環境測定(個人ばく露測定)が義務づけられています。」のような表現がなされることになるのかもしれません。
ただ、令和8年9月までと比較して、個人ばく露測定も作業環境測定と呼ばれるようになり資格者による測定が義務づけられるだけで、令和8年10月以降やるべきことが変わるわけではありません。
詳細は下記の記事をご参照ください。
指定防護係数とは
では、実際に対象作業を行うのに必要な呼吸用保護具の性能はどう決めるのでしょうか。
結論は、計算した要求防護係数と指定防護係数を比較する、です。
指定防護係数は「訓練された労働者が呼吸要保護具を適切に使用した場合に期待される防護係数」などと表現されます。
要するに、ある呼吸要保護具を十分適切に使用した場合に発揮される防護係数のことです。
指定防護係数は要求防護係数と違って、呼吸用保護具毎に数値が決まっている、いわば「カタログ値」のようなもので、性能を表す数字とお考えください。
ユーザー側が計算で求めるものではない、ということですね。
適切な呼吸用保護具の選択方法
ここで大切なのが、防護係数の大小どちらが人間にとって好ましいか、という最初に考えた関係です。
防護係数は大きいほどマスクによる防護効果が高いのでしたね。
ですので、計算で求めた要求防護係数を上回る指定防護係数を有する呼吸用保護具を選択する、というのが正しい呼吸用保護具の選定方法なのです。
ここまでが特定化学物質障害予防規則(特化則)で求められる呼吸用保護具の選定方法です。
ただ、注意点として溶接ヒュームは特化則に加え、粉じん障害防止則(粉じん則)の規制も受けるため、仮に測定の結果マンガン濃度が0であったとしてもRS2, DS2, RL2, DS2以上の防じんマスクや粒子捕集効率95%以上のろ過材の防じん機能を有する電動ファン付き呼吸用保護具を選択する必要があります(粉じん則27条、令和5年5月25日付け基発0525第3号別表5)。
特化則で要求される性能と粉じん則で要求される性能、より高い方を満たす呼吸用保護具を選択する必要があるということです。
まとめ
溶接ヒュームについては、適切な呼吸用保護具の選定プロセスが大々的にアナウンスされているため保護具の使用(作業管理)が優先事項なのかと思われることがあるかもしれません。
ですが、化学物質対策の基本があくまで作業環境管理にあることに変わりはありません(作業環境管理など3管理の解説はこちら)。
金属アーク溶接では、大気中の酸素や窒素が溶接金属に混入することで溶接の品質に影響を与えます。
このため気流の流速が速い局所排気装置設置までは義務付けられなかったという事情があります。
全体換気装置の設置が求められていますが、局所排気装置の使用が禁止されているわけではありません。
呼吸用保護具のみに頼らず可能な範囲で作業環境の改善に努めましょう。
また、呼吸用保護具は面体と顔面の密着が重要です。このため行政のリーフレットなどの中でもフィットテスト義務やシールチェックの重要性の解説が必ず出てくるわけです。
適切な知識を持ち健康障害を予防しましょう。ご安全に。
弊所代表は、金属アーク溶接等作業主任者技能講習の全ての講習科目(健康障害及びその予防措置に関する知識、作業環境の改善方法に関する知識、保護具に関する知識、関係法令)の講師条件を満たす全国でも数少ない講師です。
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福井労働衛生コンサルタント・産業医事務所は愛知県名古屋市に拠点を置く事務所ですが、全国対応させていただきます。
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化学物質の自律的管理に対して医学的な観点はもちろん、空気環境の管理や労働衛生保護具の選択といった作業環境管理・作業管理の観点からのアプローチが可能です。